苫小牧港のタンクは何を貯めている?正体を調査!
北海道といえば、どこまでも続く原野と、人の気配の薄い海岸線を思い浮かべる方が多いはずです。その感覚は半分正しく、苫小牧の東側にはいまも湿原と原野が広がっています。
ところが同じ苫小牧の海沿いを走ると、視界の端に銀色の円筒がいくつも並ぶ区画が現れます。この一帯にあるタンクは、二社を合わせて90基、総容量998万キロリットルという規模で、一か所にまとまった石油の備えとしては日本最大です。
大自然の玄関口という顔の裏で、苫小牧港は国のエネルギーを預かる場所になっていました。タンクの中身と、それがここに立った理由を順に見ていきます。
- 苫小牧港のタンクが何を貯めているのかという中身の内訳
- 製油所と備蓄基地でタンクの役割がどう違うのか
- タンク1基の大きさと、90基という数の意味
- タンク群のすぐ東に条約湿地が広がっている理由
苫小牧港のタンクは何を貯めているのか
港の周辺で目にするタンクは、見た目こそ似ていても持ち主も目的も違います。まずは中身の内訳と、それぞれのタンクが担っている仕事を整理します。
数字を並べると、この一帯が観光地の隣にある工業地帯という言葉では収まらない規模だと分かります。
港のタンクは大きく三つに分かれる
苫小牧港の周辺に立つ石油タンクは、大きく三つの系統に分かれます。ひとつめが出光興産の北海道製油所が持つタンク、ふたつめが北海道石油共同備蓄のタンク、みっつめが国が保有する苫小牧東部国家石油備蓄基地のタンクです。
製油所のタンクは、原油を受け入れて製品に変えるための作業用の器です。原油を一時的にため、精製装置へ送り、出来上がったガソリンや灯油を出荷まで保管します。中身は日々入れ替わり、動きの止まらないタンクだと考えて差し支えありません。
いっぽう備蓄のタンクは、動かさないことが仕事です。中に入っているのはほとんどが原油で、災害や供給の混乱が起きたときに初めて取り崩されます。ふだんは満たしたまま品質を保ち続ける、いわば動かない貯金のような存在です。
同じ銀色の円筒でも、製油所のタンクは回すためのタンク、備蓄基地のタンクはためておくためのタンクという違いがあります。この区別が分かると、苫小牧の風景の見え方が変わります。
出光興産北海道製油所の原油タンク
苫小牧市真砂町にある出光興産の北海道製油所は、1973年に操業を開始した日本で最も北にある製油所です。北海道だけでなく東北や北陸まで石油製品を送り出す供給拠点として整備されました。
敷地は66万坪、平方メートルに直すと218万平方メートルにおよびます。原油処理能力は1日あたり140,000バレル、量に直すと22,260キロリットルです。1日で小学校のプール数十杯分という桁の原油を、休みなく製品へ変え続けている計算になります。
苫小牧市が公開している企業データによると、この製油所には原油タンクが13基、燃料タンクが72基、LPGタンクが12基あります。原油は最大で79万キロリットルまで貯蔵できる設備が整えられています。タンクの数が多いのは、原油と製品を種類ごとに分けて保管する必要があるためです。
製品はタンクローリーや内航タンカー、鉄道で道内外へ運ばれます。北海道の暖房を支える灯油の多くが、この一帯のタンクを経由しているという点は、暮らしの目線で押さえておきたい事実です。
日本最大の石油備蓄基地が並ぶ
製油所より東側、苫小牧市字静川には北海道石油共同備蓄の基地があります。民間の石油会社が共同で原油を預ける仕組みで、1982年7月に操業を始めました。ここだけでタンクは33基あります。
さらにその隣、苫小牧市と厚真町にまたがる区域にあるのが苫小牧東部国家石油備蓄基地です。こちらは国が保有する原油の置き場で、敷地面積は約274ヘクタール、貯蔵容量は約640万キロリットル、タンクは57基という規模になります。内訳は11.48万キロリットル級が55基と、4.1万キロリットル級が2基です。
この二つを合わせた苫小牧地区全体では、タンク90基、総容量998万キロリットル、実際の備蓄量850万キロリットルに達します。一か所に集まった石油の備えとしては日本最大で、国内の備蓄体制のなかでも中核に位置づけられる存在です。
資源エネルギー庁が公表している石油備蓄の現況では、令和7年4月末時点で国家備蓄が147日分、民間備蓄が95日分とされています。この日数を支える現物の一部が、苫小牧の原野の際に静かに置かれているという構図です。
タンク1基は直径82メートルの円筒
90基という数だけでは規模が実感しにくいため、1基の寸法を見ておきます。北海道石油共同備蓄が公開している仕様によると、同社のタンクは直径82メートル、高さ24.5メートル、容量は1基あたり113,100キロリットルです。
直径82メートルはサッカーコートの短辺を大きく超える長さで、高さ24.5メートルは8階建てのビルに相当します。それが円筒として立ち、しかも同じものが33基並ぶ光景を想像すると、遠目に銀色の帯に見える理由が分かります。
屋根の形にも意味があります。共同備蓄のタンクは浮屋根式といって、屋根そのものが原油の液面に浮いている構造です。国家備蓄基地側はダブルデッキ浮き屋根式の地上タンク方式が採られています。液面と屋根の間に空間を作らないことで、気化した油分がたまるのを防ぎ、安全性と品質保持を両立させる狙いがあります。
タンクの高さが抑えられているのも特徴です。細く高く積み上げるより、平たく広く据えるほうが地震や風に強くなります。原野という広い土地が使えたからこそ選べた形でもあります。
原油はシーバースから海底を通る
これだけの量の原油は、どうやってタンクへ入るのでしょうか。答えは沖合にあります。北海道製油所は外洋にシーバースと呼ばれる係留設備を持ち、およそ29万トン級のタンカーまで着けられる仕様になっています。
タンカーは岸壁に横づけするのではなく、沖に浮かんだまま原油を送り出します。原油は海底に敷かれたパイプラインを通って陸側の原油タンクへ届く仕組みです。港の中に大型タンカーを入れずに済むため、フェリーやコンテナ船の動きを妨げません。
苫小牧港の西港区には、公共の岸壁に混じって出光第1桟橋、出光西桟橋、出光シーバースといった専用の係留施設が置かれています。旅客ターミナルのすぐ近くに、日本最北の製油所へつながる石油の入口があるという配置は、この港の性格をよく表しています。
沖どめという方式には、水深の制約を受けにくいという利点もあります。29万トン級のタンカーは喫水が深く、港内へ引き入れるには相応の掘削と維持浚渫が要ります。沖で受けてパイプで送る形にすれば、港内の水深は他の船に合わせたまま済みます。掘込式で造られた港の水深を無理に深くしなくてよいという判断が、ここに効いています。
フェリーで苫小牧に着いたとき、船窓の外に見える細長い構造物や導管の列は観光の付属物ではありません。国のエネルギー供給網の末端が、そのまま旅の風景に混ざっています。
タンクが港の貨物量を支えている
タンク群の存在は、苫小牧港の統計にもそのまま表れます。港湾統計で品目別の内訳を見ると、移出でも移入でも石油製品が上位に並び、重油や原油が主要貨物として挙げられます。
苫小牧港は取扱貨物量で全国上位を占め続けている港です。2022年の取扱貨物量は1億805万トン、国内各港との間でやり取りする内貿貨物は令和6年に8,390万トンで全国1位という水準にあります。この数字の相当部分を、液体で運ばれる石油類が押し上げています。
| 施設 | タンク基数 | 容量の目安 |
|---|---|---|
| 北海道製油所の原油タンク | 13基 | 最大79万キロリットル |
| 北海道石油共同備蓄 | 33基 | 1基113,100キロリットル |
| 苫小牧東部国家石油備蓄基地 | 57基 | 約640万キロリットル |
| 備蓄二社の合計 | 90基 | 総容量998万キロリットル |
フェリーやコンテナは目に見えて分かりやすい一方、石油はパイプの中を流れて数字にだけ残ります。港のにぎわいを支えているのは、実は静かに立っているタンクのほうだという逆転が、ここでは起きています。
港湾の成り立ちそのものが特殊である点も見逃せません。苫小牧港が海を埋め立てず陸を掘って造られた経緯は、世界初の掘込港湾としての苫小牧港の記事で詳しく取り上げています。
苫小牧港にタンクが集まった理由
これほどのタンクが一か所に集まった背景には、地形と時代の事情が重なっています。港の造り方、国の政策、そして周囲に広がっていた土地の性質が結びついた結果です。
ここからは、なぜ北海道の南西端がエネルギーの拠点になったのかという種明かしに入ります。
砂浜を掘った港が後背地を生んだ
苫小牧港は、海を埋めて造る一般的な港とは逆の発想で生まれました。海岸の砂地を内陸へ向かって掘り込み、そこへ海水を引き入れる内陸掘込式という工法です。1963年に第1船が入港し、以後この方式で港域が広げられてきました。
この工法には副産物があります。埋め立てで造る港は海側に土地を作るため、背後の市街地との距離が詰まります。掘込式では逆に、掘った水面のまわりに未利用の平地がそのまま残ります。港を掘ったことで、港のすぐ隣に広大な後背地が生まれたのです。
石油タンクは、面積を必要とする施設の代表格です。防油堤や保安距離を確保しなければならないため、市街地に近い狭い土地では成立しません。苫小牧には、大型船が着ける水面と、その隣に置ける広い平地が同時に用意されていました。
加えて、この一帯は火山灰が積もってできた泥炭質の原野で、農地としての利用が難しい土地でした。使い道の限られていた土地が、工業用地としては好条件になるという逆転がここでも働いています。
石油危機が備蓄を北海道へ運んだ
タンクが並び始めた時期にも理由があります。北海道製油所の操業開始は1973年で、これは第一次石油危機と重なる年です。海外からの供給が細るという経験を経て、国内に石油をためておく必要性が強く意識されるようになりました。
その流れのなかで、民間各社が共同で原油を預ける北海道石油共同備蓄が1982年7月に操業を開始します。続いて国が主体となる苫小牧東部国家石油備蓄基地が整備され、1984年8月末に一部が完成、同年9月から原油の受け入れが始まりました。
基地の建設は段階的に進みます。第1工区が1984年9月、第2工区が1987年12月、第3工区が1990年12月という順で稼働し、およそ6年をかけて現在の姿になりました。苫小牧東部開発計画という大きな枠組みのなかに、備蓄基地が位置づけられていた形です。
港を掘ったから土地が余り、土地が余ったからタンクが立ちました。順番が逆であれば、この規模の備蓄は苫小牧に来ていません。地形の選択が四十年後の国のエネルギー体制を決めたことになります。
タンク群の東に広がる条約湿地
この記事でいちばん申し上げたいのは、タンクの規模そのものではありません。日本最大の石油備蓄基地群のすぐ東側に、原生の湿地がそのまま残っているという同居のほうです。
北海道石油共同備蓄の所在地は苫小牧市字静川で、基地の東側には勇払原野が広がっています。そして同じ苫小牧市の植苗には、ウトナイ湖があります。1991年12月12日にラムサール条約へ登録され、登録面積は510ヘクタールという国際的な湿地です。
ウトナイ湖は国指定の鳥獣保護区であり特別保護地区でもあります。大規模なガンカモ類の渡来地として知られ、これまでに記録された鳥類は270種以上にのぼります。日本野鳥の会は、ウトナイ湖と勇払原野を一体の重要野鳥生息地としてまとめています。
備蓄基地は苫小牧の市街地からも新千歳空港からも約25キロメートルの位置にあります。空港に降りて車を走らせれば、同じくらいの時間で日本最大の石油備蓄と国際的な湿地のどちらにも行き着くという距離感です。工業と原野が押し合いをせず並んでいる光景こそ、この土地の本当の顔だと私は考えています。
工業港でありながら自然の営みが残る例は、ほかにもあります。港のすぐそばで魚が釣れる背景については、苫小牧港でサクラマスが釣れる理由の記事でも触れています。
苫小牧港のタンクは見学できるか
規模を知ると実物を見たくなりますが、石油タンクは消防法上の危険物施設であり、自由に立ち入れる場所ではありません。備蓄基地も製油所も、周囲は保安のためのフェンスと管理区域で守られています。
見学の可否や受け入れの有無は各社の運用によって変わり、時期によっても異なります。訪問を考える場合は、必ず事前に各社の公式窓口へ確認するのが前提です。柵の外から敷地を撮影する行為も、保安上の理由で控えるよう求められる場合があります。
一方で、車で国道や道道を走るだけでもタンク群の存在は十分に伝わります。日高自動車道や国道36号を通ると、樹林の切れ間に銀色の円筒が連なって見える区間があります。観光地図に載らないこの風景こそ、苫小牧という町の骨格を示しています。
石油タンクは危険物施設です。柵の内側は立入禁止で、路上駐車しての撮影も交通と保安の両面で歓迎されません。見るなら車窓から、というのが唯一の現実的な楽しみ方になります。
ウトナイ湖側であれば、道の駅と野生鳥獣保護センターが整備されており、こちらは誰でも立ち寄れます。備えの側には近づけず、自然の側には近づける。この非対称もまた、土地の性格をよく表しています。周辺の回り方は苫小牧市の観光と行き方のまとめで確認できます。
苫小牧港のタンクのよくある質問
ここまでの内容を踏まえ、検索されることの多い疑問に短く答えます。
苫小牧港のタンクには何が入っていますか
大半は原油です。備蓄基地のタンクは非常時に備えた原油で満たされ、通常は取り崩されません。製油所のタンクには原油に加えて、ガソリンや灯油といった製品、LPGなどが種類ごとに分けて貯蔵されています。
タンクは全部でいくつありますか
備蓄については、北海道石油共同備蓄が33基、苫小牧東部国家石油備蓄基地が57基で、合計90基です。これに北海道製油所の原油タンク13基、燃料タンク72基、LPGタンク12基が加わります。
なぜ北海道の苫小牧に備蓄基地があるのですか
掘込式の港湾整備によって広い後背地が確保できたこと、大型タンカーが着けられる水面が近いこと、そして苫小牧東部開発計画という受け皿があったことが重なった結果です。石油危機を経て備蓄の必要性が高まった時期とも一致しました。
タンクの近くまで行くことはできますか
敷地内は危険物を扱う管理区域のため立ち入れません。公道から遠望する形になります。見学の可否は各社の運用によるため、希望する場合は公式窓口へ事前に問い合わせる必要があります。
苫小牧港のタンクが語る落差のまとめ
苫小牧港のタンクが貯めているものは、ひとことでいえば原油と石油製品です。ただし中身以上に意味があるのは、その量と、なぜここに集まったのかという理由のほうになります。
備蓄二社を合わせたタンクは90基、総容量998万キロリットルで、一か所の備蓄としては日本最大です。これに1973年操業の北海道製油所が加わり、1日140,000バレルの原油が製品へ変わり続けています。北海道の暖房も、本州へ渡るフェリーの燃料も、この一帯を経由して届きます。
集まった理由は地形にありました。海を埋めず陸を掘る内陸掘込式で港を造ったため、水面のまわりに広い平地が残りました。農地に向かない泥炭質の原野だったことが、逆に大規模施設の適地という評価につながっています。
そして最後に残るのが、この落差です。日本最大の石油備蓄が置かれた同じ苫小牧市内に、ラムサール条約に登録された510ヘクタールの湿地があり、270種を超える鳥が記録されています。大自然という北海道のイメージは半分正しく、その半分の裏側で国のエネルギーが静かに預かられているという二重写しが、この土地の実像です。
各施設の詳細は公式情報で確認できます。製油所の設備と規模は出光興産の北海道製油所の紹介ページ、国家備蓄基地の容量と沿革はJOGMECの苫小牧東部国家石油備蓄基地の案内、タンクの寸法や構造は北海道石油共同備蓄のタンク解説で公開されています。

